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名古屋が那古野だった?その由来は?理由や語源をわかりやすく解説!

      2016/11/30

パソコンで「なごや」と打ち、変換するとなぜか「那古野」が「名古屋」よりも先に出ます。
何、この変換・・・・・私のパソコン、馬鹿なん?と思っていたのですが、調べてみると、「那古野」という地名があったのでびっくり|д゚)ごめん、パソコン。
常識知らずの持ち主で。
それにしても那古野と名古屋、まぎらわしいのですが、この二つは同じ地名?
それとも全く別の場所?
ということで、今回は「那古野」が「名古屋」になった由来や語源などについて調べてみました。

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1.那古野が名古屋になった由来とは?その理由は?いつの時代?


まず大前提として、昔の漢字表記はいい加減なものです。

たとえば、沖田総司も「総司」と書いたり「総二」と書いたり(沖田総司自身が手紙で総二と署名していたそう)、「惣司」や「宗司」なんて表記もあります。

このように人の名前ですら「音さえあっていればいい」といういい加減さ、地名の漢字表記はいわずもがなです。

というわけで、名古屋市についても正式に「名古屋」表記が決定する前は、「那古野」や「名護屋」と色々な漢字が使われていました。

登場順でいえば、那古野→名護屋→名古屋だったようで、

「那古野」という地名の記録は平安末期の荘園名に登場しています。

鎌倉期~戦国期も、現在の名古屋市あたりは那古野荘でした。

「名古屋市」という表記が正式に決まったのは1889年、しかし、1615年徳川義直が初代藩主として名古屋城に入城したときから、「名古屋」という漢字表記を使われることが多くなったようです。

那古屋が名古屋になった由来1


2.そもそも「なごや」の由来は?


最初は「那古野」という表記されていたようですが、その後の漢字表記のバリエーションを見ると、「なごの」ではなく「なごや」読みでよいようですね。

「なごや」という地名の由来ですが、これには諸説あり。

・気候が和やかなことから、「なごやか」→「なごや」
・霧(なご)が発生しやすい土地だから、「なご」→「なごや」
・元々漁師(なこ)の集落だったことから、「なこ」→「なごや」


どれが本当かは分かりません(^^;)

那古屋が名古屋になった由来2


3.なぜ名古屋県ではなく愛知県なの?


これも言われてみれば、そうですよね。

県庁所在地と都道府県名が同じかどうかは、明治維新のとき、維新側についたか幕府側についたかが大きいという話を聞いたことがあります。

維新側についた藩は県庁所在地名が都道府県名に、幕府側についた藩は県庁所在地を含む郡名を県名にしたとのこと、名古屋城のある尾張藩は当然幕府側でしたから、県庁所在地名古屋のある「愛知郡」から「愛知県」になったというわけです。

まあ、この原則はあまり適用されておらず、例外もいっぱいあるようですが(^^;)

また、「愛知」という地名の由来ですが、これは古くは「あゆち」と呼ばれており、漢字では「吾湯市」や「年魚市」「愛知」「愛智」と書いたそうです。

「吾湯市」というのは「湧き水が多い土地」という意味、また名古屋市の南には「年魚市潟(あゆちがた)」が広がっています。

さらに、愛知は京から東国へ向かう旅支度をする場所です。

そのことから「足結道(あゆち)」→「愛知」となったという説もあります。

那古屋が名古屋になった由来3


まとめ


以上が、「那古野」が「名古屋」になった由来や語源などについてでした。

地名の由来は興味深いものばかり、歴史の勉強にもなりますね。

特に、名古屋や愛知、尾張に三河なんて、織田信長や豊臣秀吉、そしてついに天下をとった徳川家康を生んだ土地です。

地名を調べるだけで、いかに水が豊かで交通の要所であったかが分かります。

「なるほど、こういう土地から天下人は生まれるんだなあ」と納得でした。

ただ、この記事を書くにあたっては漢字の変換が大変で・・・・・昔の人みたいにもう少し大らかになった方がいいかもしれませんね。

「読めれば漢字なんてどれでもいいじゃん」くらいの大らかさ、今の日本には必要な気がします。

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