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金平糖の由来/語源と歴史!金平糖に角がある理由は?絶品の名店紹介

   

小さくてコロンとした形、ピンク色や黄色と色とりどりの金平糖、角すらかわいく見えてしまいますよね。
この金平糖、歴史は意外と古く、なんと戦国時代に日本にやってきました・・・・・うん?
やってきたってどこから?
ということで、今回は金平糖の由来や語源、さらに角の秘密などについて調べてみました。

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1.金平糖の歴史は?


金平糖を日本にもたらしたのはポルトガルの宣教師です。

1569年、宣教師が織田信長に金平糖を献上しました。

「金平糖」という名前も元はポルトガル語、「コンフェイトス」というポルトガル語が「金平糖」の語源です。

ちなみに、この「コンフェイトス」はポルトガル語で「お菓子」という意味、金平糖だけを指す言葉ではありませんでした。

まあ、この程度の勘違いは「あるある」ですよね(^^;)

戦国時代に日本に伝わった金平糖はその後、長崎→京都→江戸と広まります。

江戸中期には大名の茶菓子に、明治になると贈答用や来客用の高級菓子として庶民(といってもお金持ちですが)にも行き渡るようになりました。

そして現代!何かのおまけについてきた金平糖は我が家で安い紹興酒のおともになっています。

金平糖の歴史1

2.金平糖に角がある理由は?


金平糖の特徴といえば角!

金平糖のサイズにもよりますが、1つの金平糖には17~36個の角があるそうです。

金平糖の角は金平糖の製造過程でできます。

ただ、角ができる理由は不明とのこと。

仮説をご紹介する前に、金平糖の製造方法について簡単にご紹介しますね。

金平糖は銅羅と呼ばれる大きな釜で作られます。

イメージは、自動チャーハン炒め機!こんな釜でチャーハンを作っているのをテレビで見かけたことがあります。

80℃に熱せられた釜に金平糖の核となるザラメ(イラ糖)を投入、釜を回しながらそこに糖蜜を加えます。

ザラメは回転しながら糖蜜にくるまれていきます。

繰り返し糖蜜を加えること2日間、やっと小さなサイズの金平糖が完成!

贈答用の大きなサイズとなると2週間もこの作業を続けるそうです。

ひゃー大変!

金平糖 日本で唯一の専門店「緑寿庵清水」【京都】

このようにして作られる金平糖、角は釜の中で回転しているときに出現します。

一説によると、釜の表面にはりついた金平糖の1点が、釜が回転することにより引っ張られます。

転がるうちに同じ箇所だけが釜にひっつき引っ張られるようになります。

この引っ張られた箇所が金平糖の角!

金平糖の表面にいくつかこの箇所ができるため、金平糖のあの形になるそうです。

金平糖の歴史2

3.絶品金平糖はこれだ!


金平糖の名店をご紹介します。

まず一つ目は「緑寿庵清水」さん、京都の老舗で創業はなんと1847年!

しかもこちら、日本唯一の金平糖専門店です。

金平糖だけがなんと50種類もあるとか、これはぜひとも食べてみたい!

ただ、残念なことに、こちらのお店では公式にはネット販売をしていないそうです。

興味のある方はお店の方に行ってください。

二つ目は「砂糖傅増尾商店」、奈良の「ならまち」にある老舗です。

創業は1854年、今度は「日本一古い砂糖屋」さんです。

さすが歴史の町ですね。

こちらの金平糖は「こんふぇいと」という商品名で売られています。

ポルトガル語の語源と同じ商品名!

歴史を感じますね。

奈良こんふぇいと 1箱 選べる8種【奈良のお土産・お取り寄せ】

プレゼント用にはこちらの金平糖がおすすめです。

京都 四季のうつろい 金平糖 四季

金平糖の歴史3

まとめ


以上が、金平糖の歴史や角の秘密などについてでした。

書きながらふと思いだしたのが、司馬遼太郎の「国盗り物語」、たしかあの小説の中で斎藤道三の奥さんが金平糖を食べていたような・・・・・奥さんじゃなくって愛人だったかな。

斎藤道三というと、織田信長のお舅さん・・・・・ってあれ?

金平糖は織田信長に献上されたのが最初じゃなかったの?

最後の最後に謎が生まれてしまいました。

今度、国盗り物語を読み直してみようと思います。

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